soliloquy of her
「サド、」
好きだよ、とくちびるだけでそっと呟く。
好き、すき、スキ。だいすきだよ、と。
トリゴヤは静かに屈むと、椅子に座った体勢のまま器用に眠っているサドを覗き込んだ。
手を伸ばして、おそるおそるその頬に触れてみる。サドがわずかに身じろぎしたためにトリゴヤも一瞬ビクついたが、起きないことを確認して、ゆっくりと指先を滑らせた。
長い睫毛、まっすぐで繊細な髪、和えかな息遣いをこぼす、艶やかなくちびる。
慈しむように、愛でるように。そっとトリゴヤはその輪郭を辿った。
「ねえ、」
吐息が触れ合うくらいに顔を近づけて、ふっと囁いた。
誘惑が、襲う。
少しだけ、頭に触れればいいだけだ。
手を掲げる。心音はどきどきと、耳鳴りまでしてうるさいのに、感情はひどく冷静だった。
指先が髪に触れ、
「ゆう……こ、さん」
はっとして、トリゴヤは慌てて手を引いた。いったい、わたしは、なにを。
サドを見遣ると、いまだ起きる気配はないようで、トリゴヤははあ、と長い息を吐いた。
「サド、」
ごめんね、と。結局、それすらも言葉にできなくて。
ああ、なんだか情けないなあ。思わず、苦笑が漏れた。
「あのね、」
背を向けて、後ろ手に組む。
少しのまを置いて、独りごとのように、けれどたしかに彼女に向かって、トリゴヤは小さく吐き出した。
「わかってるんだよ」
(サドが、優子さんを、好きなことくらい)
「ずっと、見てたもん」
心を読む必要など、ないくらいに。
でも、だからこそ。
(じゃあ、わたしは、サドの、なんなのかなって)
知りたくて。知りたくなくて。
「……らしくないなあ、わたし」
笑おうとして、しかし、うまく笑えなかった。
むなしさにしばらく佇んでいたが、ふいに、なんとなく癪になってきた。くるりとサドに向き直ると、つかつかと歩み寄って、
「ばーか」
と、舌を出して言ってやった。
聞こえたのか、サドが少し顔をしかめたが、それでも起きる様子はない。
トリゴヤはふう、と一息吐いて、もう一度笑ってみた。
「うん。もう、だいじょうぶ」
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