貴女に好意を憶え始めたのは、いつからだったのだろう。
ただの一度だけ、貴女は僕に笑いかけてくれて。
僕はその笑顔がとてもとても好きだった。貴女は誰にでもその笑顔を振り撒いていた。
でも、今は違う。
「さん」
僕は貴女と恋人になったけれど、決して貴女は心だけは僕に預けない。
知っている。貴女はまだ、誰かを好きだということを。その人を愛しているということを。そして、僕がそれを許していると貴女は判っているということも。
その誰かを、僕は知っている。その人は一年と半年ほど前に、病気で亡くなった。貴女はそれを誰よりも割り切っているし、だからこそ、貴女は誰よりもその人を未だに愛している。
「ごめんね」
貴女は本当にすまなそうに、いつも僕にそう云う。キスをした後に、情事の後に、眠る前に。何処か哀れむような瞳で、薄く微笑んでいるような表情で。
「私は貴方のこと、好きよ。嘘じゃないわ、本当に、好きなのよ」
うん、と僕は頷いて、貴女をしっとりと抱きしめる。
「ごめんね」
何度、聴いただろう。判っているんだ、貴女が云う「ごめんね」は、「スキ」という意味でもあるということを(ただ、「アイシテイル」という意味は、きっとほとんど無いのだろうけれど)。
「気にしてないよ」
貴女が云う度、僕はそう返す。嘘に決まっているじゃないか。気にせずにいられるわけがないじゃないか。
僕はそんなに感情を巧くコントロール出来る人間じゃないから、いつもそれから口を噤んでしまう。口を開いた途端、泣き出してしまいそうだから。
「くん」
僕が哀しい顔をすると、貴女は必ず、キスをしてくる。とても、切なく。
貴女は、狡い。
そうすることが、愛することの全てじゃないことを知っているくせに、貴女は僕を、そうやって愛することしかしない。
(僕では、代わりにもなれないのですか)