不確かな愛のかたち

 窓の外は、さあさあと静かに雨が降っている。
 なぎさは窓辺に立ち、手で少し外の様子を窺うように開けたカーテンの隙間から、濡れた窓越しにぼんやりとその景色を眺めていた。
「なぎ、」
 と、操がなぎさを後ろからしっとりと抱きしめて、彼女の耳元に顔を寄せて云う。
「くすぐったいわ」
 操の少し生暖かい吐息を感じて、なぎさは身震いをする。背中に操の体温と、正面からはひんやりとした雨の湿った空気を感じた。部屋は電気をつけておらず、白いレースのカーテンを透けてくる淡い光だけだった。とはいえ、外は雨のためやはり暗い。そしてその光にも雨の陰鬱さのような、どこか冷たい、そんな雰囲気があった。
「雨は、」
「嫌い?」
嫌いじゃないわ」
「でも、好きでもない、か」
「そう」
 ふふ、となぎさは笑う。操が何も返さないのでなぎさが振り向くと、彼は不思議そうな顔でなぎさを見つめている。きっと、どうしてなぎさがそこで笑ったのか疑問に思っているのだろう。
「なぎ」
 と呼んで、操がなぎさの首筋に唇を落とす。なぎさはびくり、と身体を強張らせ、微かに声にならない甘い息を吐いた。
「操、」
 どうしたの、となぎさが云いかけて、その唇を操が塞いだ。雨の音だけが、部屋にくぐもって響いている。
 なぎさは操の舌を受け入れながら、ぼんやりと濡れた窓を目の端に留めていた。雨の音が遠くに聴こえる。ざあ、と強風に煽られた雨粒が窓を打ちつけた。滲む景色。響く雨の降る音。口内から広がっていく熱。
 その時間は長くもなく、短くもなかったなぎさにはそう感じられたが、深い余韻を残すまま、操は再びなぎさを後ろから、そして強く抱きしめた。
「痛いわ」
 明らかにいつもの操とは違う。抱きしめる腕がきつく、困惑した様子でなぎさは身体を捩って抗議をしたが、操は更に彼女を引き寄せそのうなじに顔を埋めた。
 なぎさはしばし考え、そして観念したように身体の力を抜いて、腰に回された操の腕に手を添えた。
「なぎ」
 操が、どこか悲しそうな響きで呼んだ。
「どうしたの」
「すきだよ」
私もよ」
 ゆっくりと瞬きをしてから、なぎさは右手を窓にそっと当てた。一瞬氷のような冷たさを感じ、結露した露が手のひらに残る。
「一番は、誰なんだ」
 ぎゅっと、操は、それはまだ幼い子どもが、母親の足にしがみつくようなそんな風になぎさの背中に顔を埋め、泣いているかのように訊いた。確かに操は涙は流していなかったが、しかしなぎさには、彼は泣いているのだと思った。声を上げず、涙も流さず、ただただ悲しいのだと。
「操」
 と、なぎさが呼ぶと、彼はふっと回していた腕を緩めた。なぎさは自分の息で曇った窓ガラスを、添えていた手のひらでさっと拭いた。なぎさの顔がガラスに反射する。その奥に映った操は顔を伏せたままだった。操が腕を緩めたのは、きっとどこかで期待しているのだと、けれど、その期待が無駄だということを彼が知っているのだと、なぎさには判っていた。
「なんて、云って欲しいの」

 操は黙ったままだった。意味のないと判っていた期待でも、それを裏切られたことにショックを受けているのだろうか。操は何も云わず、何もしなかった。
「あなたが、一番、すきよ」
 操に言い聞かせるような口調でなぎさは云った。その響きは素っ気なくも、やんわりとも聴こえた。そして、そこには何も感情がないようにも
「これで、よかったかしら」
 出来るだけ優しく、なぎさは操の腕をそっと解いた。窓に背を向けて、操と正面から向き合う。俯いている操の顔に手を伸ばす。なぎさは手のひらにひやりとした感触と水分を、操の頬の熱さを通して感じた。操が顔を上げる。なぎさはひどく切なげな同情するような眼差しで操を見つめている。
「傷つくだけよ」
 すい、となぎさは操の頬に手を添えたまま顔を近づけ、唇を重ねた。
 濡れた窓ガラス越しに、雨の音だけが聴こえた。