病室のカーテンは花嫁に似ている

「お兄ちゃん」
 と、彼女は云った。けれど、彼女はお兄ちゃんと呼んだ彼と兄妹というわけではなく、また、それほど歳が離れているわけではなかった。ただ、いわゆる幼馴染のようなもので、昔から呼んでいるので今もそう呼んでいるだけだった。
 午後の日差しが暖かい。真白な部屋は眩しく、柔らかな空気に包まれていた。開け放った窓からは、そよそよと心地よい風が吹き込み、寄せられた白いレース地のカーテンがさわりと微かに揺れる。
「何か、飲みたいのか」
 彼は椅子から軽く腰を浮かせ、彼女の顔を覗き込むようにして訊ねた。彼女は一回り大きなベッドに、見たとおりに清潔そうな白い布団をかけて横になっていた。今はベッドの上半身側が少し高くされており、ちょうど彼女は車の助手席で軽く横になるような姿勢になっていた。ただ、恐らく彼女にそのような経験はないだろうが。
 彼の言葉に、彼女は小さく首を横に振った。彼は再び椅子に腰を落とす。
 さわ、とカーテンが少し大きく揺らいだ。
「……お兄ちゃん、」
 少し静かな時間が二人のあいだに流れてから、彼女が再び彼を呼んだ。
「どうした」
やっぱり、いい」
「そうか」
 それから、彼女は何度か口を開きかけたが、一瞬躊躇うように視線を泳がせると、すぐに口を噤んで顔を伏せてしまった。
 彼は彼女のそんな素振りに気付いていたが、あえて視線を逸らして窓の外を眺めるようにしていた。
 レースのカーテンは光を透かし、そよ風に揺れている。
「似てるな」
 ぽつり、と彼が呟いた。彼女は何か云いかけて、けれど云わなかった。
 ふっと彼が彼女の方を振り向いて、
「少し、起きれるか」
「……うん」
 彼は立ち上がって、彼女がベッドから起き上がるのを支えると、そのまま優しく彼女を抱きかかえた。窓辺に、そっと彼女を立ち上がらせる。
 ふわ、と彼女の頭に白いレースが被せられた。
「綺麗だな」
 そう云った彼の声は、優しく、そしてほんの少し悲しさが混じっていた。